株式会社シンシ
アクリル樹脂・プラスチック加工のトップメーカー

会社概要 (企業情報)

1952年からアクリル加工の先駆者

シンシは、70年を超えてもなおアクリル・プラスチック加工の可能性を実感しています。思いがけない企業様からのお声がけや海外企業への製品提供などあり、今後もますます企業として成長できる可能性を秘めています。

社長挨拶

弊社は創業者である田中信二が戦時中に戦闘機の風防ガラス開発に関わったことを機にアクリル樹脂に出会い昭和27年11月にアクリル樹脂を中心とした樹脂成形加工業の会社を興したのが始まりです。お陰様で令和4年11月に70周年を迎えることができました。近年、VUCAと呼ばれる言葉を耳にすることが多くなったと思います。

『Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧)』VUCAの時代「予想が困難で不確実性が高く、先が見通しづらい時代」が訪れております。私たちは長年にわたり培ってきた経験とノウハウに増長することなく、このような変化に迅速に対応すべく飽くなき探求心のもと、常に新技術・開発に努めお客様の要望に応え魅了的な製品・サービスを提供し地域社会においても貢献できる企業を目指してまいります。

代表取締役社長
髙島 健二

会社概要

社名 株式会社シンシ(旧 伸始工業株式会社)
SHINSHI CO.,LTD.(英語表記)
拠点 本社/東京工場 (敷地面積 704㎡、建屋延面積 870㎡)
〒146-0092 東京都大田区下丸子2-17-4
TEL.03-3759-7811
北関東工場 (敷地面積 12,183㎡、建屋延面積 2,939㎡)
〒327-0324 栃木県佐野市山形町1193-1
TEL.0283-65-1106
創立 昭和27年(1952年) 11月24日
創立者 田中信二
事業内容 プラスチック板加工とその販売
大型アクリルパネルの設計・製造・施工
資本金 3,000万円
役員 代表取締役会長 : 加納 識顕
代表取締役社長 : 髙島 健二
取締役 : 山﨑 徹
取締役 : 寺末 美央
取締役 : 鈴木 音哉
社外取締役 : 市川 光夫
監査役 : 北野 千明
(令和7年8月現在)
取引銀行 三菱UFJ銀行蒲田支店
商工組合中央金庫大森支店
日本政策金融公庫大森支店
従業員数 64名(男性49 女性15)、派遣社員 7名(令和5年7月現在)
営業品目 産業機械: OA機器のハウジングなど
建築・照明: アクリル採光窓(トップライト)、アクリル建材、大型スクリーン、など
医療機器: 医療機器のハウジング、照明器具の成形など
水槽: アクリルパネル、アクリル箱水槽など
アミューズメント: ゲームセンター向けゲーム機筐体など
看板(サイン): 高速道路用道路標識、大型看板、駅構内案内板、店舗看板、など
什器・内装備品: アクリルブロックを利用した店舗什器や備品、アクリル家具など
乗り物関係: 車輌・航空機などの内装備品の成形品
実験装置: 超大型実験装置~小型実験装置の製作
石炭液化実験装置、水流実験水槽、耐震実験装置、
原子力発電所向け実験装置、大学や研究機関からの受注品
その他: 大型成形加工品、切削加工品、溶剤接着加工品、
アクリル樹脂の重合接着を用いた多岐にわたる各種形状品など

シンシの歴史 / 沿革

1929年
(昭和4年)
創業者 田中信二が三菱航空機製造(現 三菱重工)入社
同三菱財閥系の旭硝子に技術者として出向転属
1938年
(昭和13年)
戦時中
旭硝子 合成樹脂開発部門 研究開発責任者
軍用機の風防硝子(アクリル)を研究・製造
※国産化に成功
戦 後 財閥解体により旭硝子の事業資産の消失/アクリル事業撤退
<田中信二は独立を決意する>
1952年11月24日 会社設立(伸始工業株式会社)
資本金30万円
アクリルなどの合成樹脂の加工販売
※当時、業界ではアクリル加工の草分けと評された
1952年11月 東京工場設立 大田区羽田本町
1953年10月 東京工場移転 大田区下丸子2-17-4(現在本社/東京工場)
1965年12月 資本金1,200万円に増資
1981年5月 佐野工場設立 栃木県佐野市高萩町
1984年9月 佐野工場増設 第2工場
1985年5月 資本金3,000万円に増資
1988年11月 水槽工場設立 栃木県佐野市富岡町(重合接着専用工場)
1992年11月 北関東工場設立 栃木県安蘇郡田沼町(現在佐野市山形町)
北関東工場設立に伴い、佐野工場などを閉鎖し移設統合
2004年1月 東京工場新館 新設

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